あなたとわたし(2)


  あの日も朝からよく晴れていた


 仕事が休みの日だというのに、あなたは今朝もいつものように、5時前には起きていたのだろう。

 そして、これまたいつものように、寝起きに煙草を一服したら、おもむろに珈琲を淹れて、それを飲みながら新聞を読んだのだろう。

 わたしはといえば、普段は遅くとも6時には起きるのだが、昨夜は編み物につい夢中になって遅くまで起きていたので、8時をまわってからようやく目が覚めた。

 

 わたしが寝室から出る気配を感じると、あなたは「あっ、やっと起きた〜?」と笑顔で居間から出て来た。

そして、わたしが洗面所にいる間に、わたしのために珈琲を淹れてくれた。

いつもながらあなたは本当に優しい。

 わたしが珈琲を飲んでいると、その横であなたは、今日は食材の買い出しのついでに、二人のお気に入りのカフェにも寄ろうとか、楽しそうに今日の予定をたてる。

代わり映えのない、いつもの休日が始まろうとしていた。


 お天気がいいので洗濯をしてから出掛けようと、洗濯機を回そうとしていた時、わたしを呼ぶあなたの声が聞こえた。

 なんだかただならぬ様子に急いで居間に戻ると、ソファーに座ったあなたが「脚に力が入らなくなってきた。」と言う。

「暑く感じたのでエアコンの温度を下げたから冷えたのかな?」とあなたは言ったが、わたしにはそれ程室内が冷えているようには感じなかった。

取り敢えずブランケットを掛けてあなたの脚をさすった。

 が、間髪を入れず、あなたが「やっぱり救急車を呼んで!」と言い出した。


 我慢強いあなたが叫ぶように言ったことで、ただ事ではない何かが起こっているのだと思った。


 119番通報をしようと立ち上がって家電に向かって歩き出したわたしの背中に向かって、あなたは「行かないで!ここに居て!」と言う。

 

こんなあなたを初めて見た。


 わたしは激しく動揺しながら、手元のスマホから救急要請をした。

あなたとわたし

   あの日あなたは突然いってしまった



 9月になって3週目に入ったというのに、相変わらず暑さが続いていた。

 

今日は月曜日。

あなたは今月は月曜日もお休みだ。

あなたは定年退職後、再雇用制度を利用して働いていた。

4年目からは少し年金が支払われる様になり勤務時間を減らさなければならないとかで、週四日勤務になっていた。

 それも後残すところ半年あまり。3月には再雇用期間も終えて、いよいよ本格的に退職を迎える。

 窓口職場なのでお客様と接する機会もあるし、通勤時のコロナ感染も心配だった。

 この頃では、一日を終えてベッドに入るとわたしは必ずホッと胸を撫で下ろしていた。

そして、今日もあなたが無事でよかったとか、今日も幸せだったなぁ〜と思いながら眠りについていた。


 半年後には、毎日一緒の生活が始まるのだ。

新婚当初から30年は共働きをしていた。あまり丈夫でないわたしだったが、好きな仕事を続けるためにあなたは随分協力してくれた。

娘が大学生の時に体調を崩して結局は退職してしまったが、それからの毎日も瞬く間に過ぎていった。

 痩せの大食いで美味しいものに目がないあなたは、「これ、美味しいねぇ」とまるで小学6年男子のように目を輝かせながら、わたしの作ったお料理を平らげていたっけ。

元々お料理は得意だったが、あなたの笑顔が見たくて料理番組やSNSをチェックして、旬の素材を使って美味しいお料理を作ることがわたしの生き甲斐にもなっていた。

 娘が嫁いで、おじいちゃんとおばあちゃんになってからは、送られてくる写真や動画を一緒に観ることが楽しみに加わった。

手芸が好きなわたしが、孫娘に縫ったり編んだりしたお洋服やぬいぐるみを作る度に、「可愛くできたねぇ」と笑顔で褒めてくれたっけ。


 毎日が日曜日で毎日2人一緒に暮らすなんて、嬉しすぎて楽しみすぎて…

 本当に幸せだったなぁ…

 

 「あの日」からもう8ヶ月になろうとしている